大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和40年(行ツ)30号 判決

上告人

太田敏兄

被上告人

日本弁護士連合会

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について。

上告理由は、要するに、上告人が明治大学の農学部の教授として担当した農業法を弁護士法五条三号にいう「法律学」にあたらないとし、上告人に同号による弁護士資格を認めなかつた原判決は、法律の解釈を誤つたものと主張する趣旨と認められる。

弁護士法五条三号は、「五年以上別に法律で定める大学の学部、専攻科又は大学院において法律学の教授又は助教授の職に在つた者」は弁護士となる資格を有する者とし、「弁護士法第五条第三号に規定する大学を定める法律」(以下大学指定法と称する。)は、「弁護士法第五第三号に規定する大学は、学校教育法による大学で法律学を研究する大学院の置かれているもの及び旧大学令による大学とする」旨を規定している。元来弁護士となる資格は、司法修習生の修習を終えた者であることを原則とし(弁護士法四条参照)、弁護士法五条各号は、これに対する特例を認めたものと解されるが、その一号が最高裁判所の裁判官の職に在つた者、その二号が司法修習生となる資格(裁判所法六六条参照)を得た後五年以上簡易裁判所判事、検察官その他一定の法律専門の公職に在つた者を掲げるところからみるも、法はこれにいずれも相当高度の法律的素養を具えることを要求していることは明らかであり、従つて前三号の特例についても、その大学在職の経歴そのものが法律的素養の修得として相当高く評価できるものでなければならないことは疑ない。すなわち同号は、その適用ある者の在職した大学を別に法律の定めるところに譲つてはいるが、それは、もとより相当高度の法律学研修の物的、人的の施設を具えたものと認められる学部等を有する大学を予定しているのであり、従つてまた、そのような学部等において教授、助教授として担当する法律学も、法律学研究についての高度な専門的なものを指しているものと解するのが相当である。

そこで、大学指定法についてみると、同法にいう「法律学を研究する大学院」とは、学校教育法六六条、六八条、学位規則等に徴すれば、実際においては、その実体が法律学またはその特定部門(例えば公法学、私法学、民事法、刑事法)の研究を目的とする研究科が設けられ、その所定の課程を終えた者は法学博士または法学修士の学位を受けるような大学院がこれにあたると認められる。そして、このような大学院を設けている学校教育法による大学(以下新制大学と称する。)には、その大学院の右のような研究科の前段階の課程として法律学の研修を目的とする課程をもつ学部なり専攻科なりの存在が当然考えられるわけである。このような意味で、法は「法律学を研究する大学院」が設けられていることを、その大学が法律学研修の施設として人的にも物的にも充実していることを認定する基準とし、そこに教授または助教授として在職した者に高度の法律的素養を具えることを推認し、これに弁護士たる資格を認めたのである。されば、このような資格の認められるのは、右のような法律学研修の施設にあたる学部等において、その研修の課程をなす授業科目を担当する教授、助教授の職に在つた者に限らるべきは当然であつて、このような施設とは関係のない他の学部等において法律学の分野に属する科目を担当する教授、助教授があつたにしても、そのような者にまで弁護士資格を認めることは、法の趣旨に副わないものといわなければならない。

弁護士資格を認めらるべき新制大学の学部等における法律学の教授、助教授の職に在つた者の範囲につき、以上のような解釈をとることは、同じく弁護士資格を認めらるべき旧大学令による大学(以下旧制大学と称する。)の学部等における同様の者との間に、均衡を失することになるものではない。大学指定法は、旧制大学を指定するにあたつて、これに別段の制限を付してはいないが、その旧制大学もまた法律学研修の施設として充実した学部等を有したものを意味していることは、同法がこれに匹敵する新制大学として指定したと認められるものが、前叙のような「法律学を研究する大学院」の設けられた大学であることから推しても充分窺いるところであり、結局旧制大学についても、弁護士資格を認められる法律学の教授、助教授の範囲は、新制大学について前叙したところと同様となるものと解されるからである。そして、旧弁護士法(昭和八年法律第五三号)四条一号が、旧裁判所構成法六五条と相まつて、このような弁護士資格の特例を帝国大学の法科教授についてのみ認めていた沿革に徴するも、以上のような解釈を相当ということができる。

弁護士法五条三号および大学指定法により弁護士たる資格を認められる者の範囲を、以上のように解して本件についてみるに、上告人は、明治大学農学部に教授として在職した者であり、その担当した農業法の科目は、同学部で農業専門家となるために必要とされる法律知識を修得させるために教授されたものであつたことは、原判決の認定するところであり、もとより同大学の法律学研修の施設として認められる学部等におけるその修習課程として教授されたものではない。されば、上告人をもつて弁護士法五条三号に該当する者と認めがたいことは、前叙したところから明らかである。原判決には、右五条三号の解釈につき若干首肯しがたい点がなしとしないが、上告人に同号の適用なした結論は正当であり、論旨は、結局理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例